地福寺(気仙沼)

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2015年6月5日金曜日

「不安や怨みと決別を」玄侑宗久(臨済宗福聚寺 住職)

河北新報「挽歌の宛先 祈りと震災 第9部 作家からの伝言」に、福聚寺(福島県三春町)の住職、玄侑宗久さんのコラムが掲載されましたのでご紹介させて頂きます。


「老子」第5章に「天地に仁なし」という言葉がある。簡単に言えば、天地自然には思いやりなどなく、自然災害に遭って死ぬのも生き残るのも100%偶然であり、そこには何らの因果も読み取る必要はないということだ。

東日本大震災から4年以上たった今、私はなおも家族を喪った悲しみから立ち直れない人々にこの言葉を贈りたい。

だから生き残ったことに自責の念を感じすぎないでほしいし、そろそろ自然を見習い、津波の翌日のあの凪いだ海のように、蓄積した思いを手放してほしいのである。

蓄積こそが文化じゃないか、と反論が聞こえてきそうだが、たしかにそういう面はあるものの、日本では古来、神道も仏教も鏡に喩え、思いを祓い清め、解こうとしてきた。思いの蓄積こそが人間を苦しめることをよく知っていたのだろう。(記事より引用、本文は河北新報ウェブサイトにてご覧ください

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